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JOURNAL 2020.07.15

KARAE Journal Vol.02 天平窯 岡晋吾

「 これからはどれだけ引き算できるか。今では不要なものを捨てることを楽しめている自分がいます。」

枠に囚われない独自の作風を持つ「天平窯」窯主、岡晋吾さん。色絵、染付、白瓷 (はくじ)、唐津焼と様々な顔を持つ岡さんから生み出される作品は、全国から人気を博しており、東京をはじめ全国で個展が開かれてます。KARAE3階にあるHOTEL KARAEでお客様を迎える扉の取手は、岡さんの作品「マジョリカ焼」。定義づけできない「岡晋吾焼」の魅力の訳を伺いました。


 

ひとつの分野に収まらない岡さん独自の作品は「岡晋吾焼」として知られていますが、そこに至る道のりは?

 料理研究家の志の島忠(しのじまちゅう)〔※1〕先生との出会いが大きく影響しています。私が有田での絵付け修行を終え、独立の準備をしていたときに、先生と出会いました。先生は日本屈指の料理研究家で、当時、懐石の器を作る助手を探しておられました。そこで、私が助手として手伝うことになったんです。それから10年間、先生のもとで修行しました。忙しい方なので年に4回ほどしか会えませんでしたが、そのたびに“宿題”をもらうんです。そして次回先生に会うまでにその“宿題”を完成させなければならない。その“宿題”というのがクセ者で、例えば魯山人(ろさんじん)〔※2〕の器を作れと言われたりね。宿題が出るたびに、美濃(みの)や萩(はぎ)、ときには安南(あんなん)絵付けを学ぶために産地まで足を運び、独自に技法を勉強しました。現地の職人さんたちに教えてくれとは言えないので、図書館で調べて実際の焼き方を見て…。どうにか自分自身に落とし込み、形にしていく。そうしたことを10年間繰り返していくうちに身に付いた様々な技術が、今の私の作品を作っているのだと思います。

〔※1〕 志の島忠(しのじまちゅう)
1931年~2001年/料理研究家。家は代々京都御所などの料理作りに携わった京都の料亭「岡本」。東京芸大で日本画を学び、在学中には一時歌舞伎の舞台美術に携わる。東京中野で会席料理研究所を主宰した。

〔※2〕北大路魯山人(きたおおじろさんじん)
1883年~1959年/日本の芸術家。晩年まで、篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家などの様々な顔を持っていた。

志の島忠氏のもとで修業するなかで、学んだこと、身に付いたこととはどのようなことでしたか?

  先生の絵付けは、ゆるり構え、力を抜いて描いているのに、絵付けを終えて器を焼くとどこか味わい深いものが出来上がる。当時の私はとにかく綺麗にきっちりと描こうとしていましたから、なんだかそれが不思議でね。肩の力を抜きながらも作るべきものをしっかりと見据えている先生を見ていると、自分の行くべき先が見えてくるようでした。
 また、先生との最後の仕事を終えたときに「良いものと売れるものは違う」と言われたことがあります。「作り手が作品として求めるものを理解し、必要とする人は少ない。うまく使い分けないと、この道を辞めることになるよ」。つまり、商品としての焼き物と自分自身が追い求める作品としての焼き物、このバランスを保つようにと。この言葉は今の私の作陶に大きく影響しています。

料理を盛るだけで絵になると人気を博している岡さんの作品ですが、作陶において大切にしていることはありますか?

 器である以上、使いやすさが重要だと思います。だからと言って、ただシンプルな無地であればいいというわけでもない。絵が入っていても料理の邪魔をしない、このバランスがベストな状態になるように考えています。さらに器は生活に密着しています。だからお客様の生活に馴染み、日常使いの中でだんだんと味わい深いものになるよう意識しています。例えば「ハクジ」。原料が石100%であれば「白磁」です。皆さんにとっては有田焼や伊万里焼で用いられるこちらのほうが馴染みがあるかもしれませんが、同じハクジでも「白瓷」は石に加えて土などが30%ほど入っている。そうすると仕上がりが暖かく柔らかで、肌に馴染むものになる。白磁の白くてピカピカした質感より、少し不完全さのあるほうが、何だかほっとするんですよ。

その絶妙なバランスによって、独特の存在感を放ちながらも様々な料理や場所にも華やぎ馴染む岡さんの器が仕上がるのですね。

 器は空間の一部を構成するものです。どうしても好きなものを集めがちですが、そうすると主役ばかりの騒がしい空間になってしまうことがある。
 だからお客様にも、購入していただく際に、実際に使うことを想定してセットアップしてもらうんです。購入したけど似たようなものばかりだったり、それぞれが個性を主張しすぎて使いづらかったりすると、器は使われなくなってしまうでしょう。私たちが作るものは芸術ではなく実用性のある器です。器が空間に調和するのための融通性を大切にしています。

様々な焼き物がある中で、唐津焼については、どのように取り組まれているのですか。

 もともと中国大陸からもたらされた染付〔※3〕と李朝白磁〔※4〕が好きで、同じく大陸にルーツがある唐津焼も作りたいと思っていました。そこで、人生の転機でタイミングが合ったときに、有田から唐津へと工房を移転したんです。唐津焼は今も若手作陶家が多く、昔から続く伝統的な焼き物です。とは言え、あまり格式ばったものでは私らしくない。伝統的なエッセンスを残しながらも自由な形で表現し、岡風な唐津焼になればと思い取り組んでいます。

〔※3〕染付(そめつけ)
中国の陶磁器の一種で、コバルト顔料を用いて鮮やかな青で模様を描いたもの。

〔※4〕李朝白磁(りちょうはくじ)
李氏朝鮮で作られた白磁のこと。


色絵、染付、白瓷 、安南 、唐津、ついにはマジョリカ焼…。豪快さと繊細さを兼ね備えた魅力的な器が並びます。そこに共通する世界観はあるのでしょうか?

 突き詰めれば、全て自分自身が好きなもの。もともと古色なものや民陶が好きで、それが美濃焼や萩焼、安南絵付け、そして唐津焼に枝分かれしていった。
 自分の目の前に一つのものしかないというのは、なんだか居心地が悪い。磁器ばかりではなく陶器があったほうがほっとするし、たまに織部焼があると空間が豊かになる。そうやって自分の中で調和を図りながら、自分自身の好きなものを集めているうちに、気づけば今に至りました。好きなものを集めて好きな世界観を作り上げる。終わりのない作業ですが、それが楽しいんです。

 また、様々な焼き物を目にする中で、単なる流行で日本文化を廃れさせるわけにはいかないと強く思うようになりました。ひとつひとつに歴史がある。でも伝統が重いと、なかなか家庭で日常的には使えないでしょう。だから、伝統をカジュアルにする。趣もあるけど使いやすくて、皆が手の届くものに。伝統的なエッセンスを残しながらも自由な形で表現する。そうやって伝統をかみ砕くことで、形や技術、そのものの本質を後世に残すことができれば、日本文化は継承されるのではないかと思います。

これからの展望を聞かせてください。

 どれだけ「引き算できるか」です。若い頃は良い見本というものがあって、そこを目指してきましたが、だんだんとその見本が邪魔になってきた(笑)。それに足し算し過ぎると、そのものの本質を見失ってしまいますから、私はそれが恐ろしい。
  長年もの作りをやることで、自分自身が確立されてきたということもあるのでしょう。緊張感を持つべきポイントと力を抜くべきポイント、そのさじ加減が少しずつ分かってきたんです。なので、今では不要なものを捨てることを楽しめている自分がいます。

天平窯は、床や壁、ドアの取っ手いたるところに遊び心満載の陶器が。

 

ちょこっとこぼれ話

 普段は離れで作陶をしているという岡さん。離れの名は「空頭(くうとう)」。建設業界の用語で「頭上の余地」を意味するのだそう。HOTEL KARAEのマジョリカ焼もこの余地から湧いてきた作品。「あのHOTELの空間に染付けも赤絵もしっくりこなくてね。そこでマジョリカ焼に挑戦してみたんです。これをきっかけにマジョリカ焼もギャラリーに並ぶようになりましたよ」。些細なきっかけで「頭上の余地」から新しい作品が生まれてくるのは、岡さんだからこそ。熟練のなせる技でもあるのでしょう。

唐津に代表される虹ノ松原の松と唐津城の藤の花をモチーフにしたマジョリカ焼のHOTEL KARAE の取っ手


 

泊まる/HOTEL KARAE

KARAE3階のHOTEL KARAEでは、唐津の自然美・白砂青松の風景に着想を得た落ち着いた空間で、ゆったりとお寛ぎ頂けます。唐津の玄関口に位置し、駅・バスセンターへのアクセスも良好。唐津ならではの体験プランもご用意。窯跡巡りのポートとなるようなホテルです。 玄関口となる扉の取っ手には岡晋吾さんのマジョリカ焼が使用され、唐津の焼き物文化を楽しめます。

買う/KARAE SHOP

KARAE1階のKARAE SHOPは唐津、佐賀、九州の魅力の詰まったコンセプトショップ。『天平窯』岡晋吾さんの作品をお買い求め頂けます。唐津焼をはじめ、唐津由来のお菓子や小物、アクセサリーなどを取りそろえた、”私のお気に入り”がきっとみつかる唐津の小さなアンテナショップです。

見る/KARAE Information

唐津くんち絵巻が圧巻のインフォメーションでは、個性豊かな唐津焼作陶家たちの作品を展示。『天平窯』岡晋吾さんの作品もこちらでご鑑賞頂けます。


 

岡晋吾 -Oka Shingo-

1958年長崎県生まれ。佐賀県窯業試験場デザイン科・絵付け科で研修を受け、1982年に師となる志の島忠氏と出会う。以後、志の島忠氏のもと肥前諸窯に勤務。1993年、西有田町にて独立する。2003年、唐津市浜玉町に移転し、「天平窯」築窯した。
絵付け、染付、白瓷、安南など枠に囚われない独自の作風は「岡晋吾焼」とも呼ばれ、全国に人気を博している。

天平窯 -Tenpyogama-

みかん畑の広がる自然豊かな山中に岡さんの工房兼ギャラリーはあります。 天平窯に魅了されたファンが全国から訪れます。

住所
〒847-5123 佐賀県唐津市浜玉町東山田1328-1
TEL
0955-56-2061
WEB
https://www.tenpyougama.com
Facebook
https://www.facebook.com/tenpyougama/
Instagram
@tenpyougama
営業時間
10:00~12:00/13:00~16:00 ※見学の際は要予約
休業日
日曜日
駐車場
有 (乗用車3台)