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JOURNAL 2020.06.29

KARAE Journal Vol.01 由起子窯 土屋由起子

「感性と柔軟性を大切に、唐津での丁寧な暮らしのなかで、新たな挑戦を続けていきたい。」

KARAEに関わった唐津焼陶芸家やアーティストのインタビューシリーズ。第1弾は、 KARAE Informationのカウンターに艶やめく300枚もの黒唐津アート を手掛けて下さった「由起子窯」の土屋由起子さん。彼女の洗練されたシンプルなデザインの黒唐津、個性を主張しすぎない作風の器は、盛る料理を選ばないと料理皿として人気を集めています。器の枠を超えた唐津焼に挑み続ける由起子さんの唐津焼道と故郷愛について伺いました。

 


 

「由起子窯」窯主・土屋由起子さん。唐津焼との出会いは?

 父や祖父が唐津焼が好きで、幼いころから焼物の土を探しに行ったり、手びねりをしたりしていました。物心ついたころから唐津焼は生活のなかに当然あるものだったんです。初めてろくろを回したのは高校時代。美術部の部活動で陶芸を始めました。お遊びのような陶芸だったけれど、それがとても楽しかった。高校卒業後は短大でデザインを学びました。そして卒業後の進路を考えたとき、唐津焼が思い浮かんだんです。学生時代にインテリアやファッションなどのデザインの仕事に興味を持ったことはありましたが、今のようにリモートスタイルの仕事がない時代なので、当時デザインの仕事となると都会へ出なければいけない。でも、私はどうしても大好きな唐津を離れたくなかった。そうすると、やっぱり地元で唐津焼に取り組もう!となったわけです。

そうして23歳という若さで独立されたんですね。思い切った決断だと思いますが、それを可能にしたのは?

 応援してくれた父や家族の存在が大きかったですね。父は特に古唐津(こがらつ)が大好きで、週末には一緒に古唐津の古い窯跡巡りをしていました。だから私が陶芸の道に進むと決めたとき、とても喜んで背中を押してくれました。陶芸の経験がないことや弟子入りしないことに対する怖さはありませんでした。技術もなにも持っていないのに、今思えば不思議ですよね(笑)。けれど「好き」という気持ちだけは一人前に持っていましたから、まずは飛び込んでみようと。  
 それですんなり上手くいったわけではなく、独立当初は父に毎日叱られていたことをよく覚えています。「このままでは駄目だ」ということは分かるのに、どうすれば良いのかさっぱり分からない。自分が不甲斐なくてぼろぼろと泣きながら、悶々と古唐津の模写を行う模索の日々でした。そんな悩みの奥底にいたときに、中里隆先生(隆太窯)との出会いがありました。

先駆けて唐津焼を世界に発信してきた中里隆さんの『隆太窯』。そこに弟子入りなさったんですね。

 はい、以前から見学のため隆太窯を訪れていたのですが、ある時突然お電話で「明日からおいで」と。今でも何故お声をかけていただいけたのかわかりませんが、この出来事は私にとって大きな転機でした。 隆先生と出会うまでの私は、古唐津に囚われていてとても苦しかった。知らなかった世界に飛び込んで暗中模索の真っ只中でした。それには沢山のエネルギーが必要で、家族とぶつかったことも。けれど隆先生のもとで学ぶなかで、不要なものや角が少しずつ取れていって、なんだか自分が洗練されていくような気持ちでした。隆先生は作陶についてはあまり多くを語ることはなく、たまにポイントを教えてくださいました。それでも見るもの全てが新鮮で、本当に多くのことを学びました。  

料理人である旦那様との出会いも隆太窯がきっかけだとか…。

 そうなんです。私が修行しているときに、隆太窯へ料理人としてやってきたのが夫なんです。初めて食べた彼のお料理は蓴菜(じゅんさい)のお椀。もともと私は食いしん坊なものですから、ハートと同時にしっかりと胃袋を掴まれました(笑)。
 隆先生は大変な美食家で、隆太窯では食事の行儀作法や魚の捌き方、包丁の研ぎ方まで教えて頂きました。器に盛られているお料理が惚れ惚れするくらい美しくて、こんな世界があるのかと。隆太窯はこんな風に人や物事との様々な出会いを私に運んでくれました。

隆太窯での修行を終え、30歳のころに由起子窯を設立。今では「由起子さんと言えば黒唐津!」というイメージも。

 茜(あかね)唐津や絵唐津も作っているのだけれど、注目を集めるのはなぜか黒唐津なの。きっと黒がとても魅力的な色だからでしょうね。私は初めて黒唐津に出会ったとき「ドキッ」としたんです。以前父に、芸術を観るとはドキッとすることだと言われたことがあります。皆さんも美しいものを見るとドキッとして惹かれたことがあるでしょう。まさにそれと同じで、私もこのドキッとするような黒唐津を作ってみたいと強く思っています。
 それと同時に、唐津焼は「使う焼き物」。用途に応じた焼き物であることが、作り手の仕事だと思っています。ちょうど私が焼き物を始めた頃に「あなたの焼き物、すごく使いやすかった」とお客様に仰って頂いたことがあったんです。欠けにくい、軽い、カビにくい。その使いやすさを大切にしながら、おうちの空間に馴染んで、家庭のダイニングで長く使って頂ける焼き物を作りたいと思っています。

唐津焼の作陶に情熱を注ぐ由起子さん。そのパワーはどこからくるのでしょう?

 今まで「好き」という心だけがずっと私を支えてくれました。信念は決めていません。自分が正しいと思っていても正解ではないときがある。一つ決め事をつくってしまうとそれに囚われてしまう。だから、私が信じているのは美しいものを美しいと、美味しいものを美味しいと思える心。空を見上げて、今日は良いお天気だなと思える心を大切にしたい。その感性と柔軟性が、私の陶芸に必要なものなんです。

唐津で生まれ育ち、このまちで暮らし続ける由起子さん。唐津愛がとても強いのですね。由起子さんにとって唐津とはどういった存在でしょうか?

 理屈じゃなく、心惹かれる場所。お祭り文化はもちろん、海や山があって、松原が広がっていて、お魚も野菜も美味しい。こんな素敵なところって、なかなかないんじゃないかしらと思います。
 唐津も焼き物も、好きじゃないと続かないと思うんです。なにに満足できるのか、それが人の運命を決めるのだと思います。私には唐津のまちと焼き物こそが、満足できて幸せを感じられるものだった。だから大好きな唐津で焼き物の道を歩むことが、きっと私の運命だったのでしょう。感性と柔軟性を大切に、唐津での丁寧な暮らしのなかで、まだまだ陶芸での新たな挑戦を続けていきたいと思っています。

ちょこっとこぼれ話

 朗らかな笑顔と穏やかでおっとりとした雰囲気の由起子さん。しかし、その手から生み出される焼き物は洗練された黒唐津。このギャップは由起子さんの奥底にある熱い情熱によるものなのでしょう。実はKARAEのインフォメーションで艶やかに光るカウンターも由起子さんの作品。「300枚もの黒唐津のタイル、ふらふらになりながら作りました(笑)仕上がったときのなんとも言えない達成感と言ったら…。私、やればできるんだなあって。良い思い出です」と笑ってくださいました。

由起子さんの黒唐津300枚を贅沢に使用したインフォメーションカウンター(KARAE1階)

 

体験する/ 由起子窯×唐津 呂者堂(ろばた)

HOTEL KARAEと土屋由起子さん&夫・英二さんによるコラボプラン。由起子さんのもと唐津焼絵付け体験を楽しんだのち、東京・銀座で約40年間日本料理店を営んだ料理人・英二さんの料理教室を体験。さらに、英二さんのお料理を由起子さん作品の器で頂く贅沢なプランです。 詳しくはコチラをご覧ください。

泊まる/HOTEL KARAE

KARAE3階のHOTEL KARAEでは、唐津の自然美・白砂青松の風景に着想を得た落ち着いた空間で、ゆったりとお寛ぎ頂けます。唐津の玄関口に位置し、駅・バスセンターへのアクセスも良好。唐津ならではの体験プランもご用意。窯跡巡りのポートとなるようなホテルです。

買う/KARAE SHOP

KARAE1階のKARAE SHOPは唐津、佐賀、九州の魅力の詰まったコンセプトショップ。『由起子窯』土屋由起子さんの作品をお買い求め頂けます。唐津焼をはじめ、唐津由来のお菓子や小物、アクセサリーなどを取りそろえた、”私のお気に入り”がきっとみつかる唐津の小さなアンテナショップです。

見る/KARAE Information

唐津くんち絵巻が圧巻のインフォメーションでは、個性豊かな唐津焼作陶家たちの作品を展示。『由起子窯』土屋由起子さんの作品もこちらでご鑑賞頂けます。

 


 

土屋由起子 -Tsuchiya Yukiko-

1971年唐津市浜崎生まれ。1994年に古唐津を中心とした作陶を開始する。その後、1998年中里隆氏(隆太窯)に師事し、卒業後、『由起子窯』を設立。約4年間の出産・育児休業を経て、2010年に作陶を再開した。
シンプルで控えめながらも存在感のある作風で、主に料理皿として人気を集めている。

由起子窯-Yukikogama-

住所
〒847-5123 佐賀県唐津市浜玉町東山田800-1
TEL
0955-56-8701
Facebook
https://www.facebook.com/yukikokaratsu
Instagram
@tsuchiyayukiko
営業時間
9:00~17:00
休業日
不定休(お盆・年末年始期間休業)
駐車場
有(乗用車6台/バス1台)

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