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JOURNAL 2020.09.11

KARAE Journal Vol.05 紙漉職人 前田崇治


職業の垣根を超えた挑戦でやりがい。時代に応じた発想で、紙漉きの未来をつなぐ。

紙漉(かみすき)職人として、インテリアやプロダクトなど、多岐に渡る紙づくりを手掛ける『紙漉思考室(かみすきしこうしつ)』前田崇治(まえだたかはる)さん。HOTEL KARAEの客室には、前田さんの作品がそれぞれ飾られています。デザイナーから建築家まで様々なクライアントの要望に応じて最適な紙を作り出し、唐津を代表する祭り「唐津くんち」曳山(ひきやま)の修復作業でも、前田さんの和紙が使用されました。紙の可能性を模索し続ける前田さんに、唐津と紙づくりのこれからについて話を伺いました。


紙づくりを手掛ける職人さんは年々減少していると思いますが、紙漉修行をはじめようと思ったのは?

 もともと父が趣味で紙漉きしていました。ただ幼少期の私は紙に全く興味はなく、唐津の七山〔※1〕の自然の中で無邪気に遊んでいました。写真を専攻していた大学の卒業制作で、写真を和紙に転写する作品を作ったものの、それが失敗し「なぜ?」という疑問から紙に興味を持つようになりました。
  紙について調べているうちに、高知の土佐和紙〔※2〕と出会い、植物からこんなに美しい紙ができるのかと感銘を受けました。高知では、紙を作るための原料、道具、機械の生産から、実際に紙を作る紙漉職人、それらを販売する問屋まで、紙に関わる一連の流れがありました。それで、せっかく修行するのであれば、紙業界の全体が凝縮された高知でしたいと思い、当時行われていた職人育成のプログラムに参加しました。

〔※1〕七山(ななやま)
唐津市内の背振山山系に属する地域。町域の大部分を山林が占めている。

〔※2〕土佐和紙
福井県の「越前和紙」、岐阜県の「美濃和紙」に並ぶ日本三大和紙のひとつ。良質な石灰や原料が採取でき、紙の製造に欠かせない清らかな水に恵まれたことによる、種類の豊富さと品質の良さが特徴。

なぜ唐津市・七山に工房を設立したのですか?

 修行をはじめた当初から、幼少期に遊びまわった七山で生活したいと思い、唐津に戻ることは決めていました。七山は、紙漉きに欠かせない美しい水が豊富な土地で、紙づくりに理想的な環境です。また、父と一緒に幼いころから通っていたこともあり、その土地や人は、私にとって馴染みのあるものでした。
 それに加え、実は唐津は江戸時代、紙漉原料の名産地で、紙漉きには縁ある場所でした。紙の原料である楮(こうぞ)〔※3〕を年貢として納めていた記録もあり、当時の名残なのか、この工房の周りには、楮が自生しているんです。
 そうした私個人、さらには紙漉きの歴史のある七山は、工房の場所としてぴったりだと思い、この地で独立しました。
 ですが、すぐにスタートラインに立てたわけではありません。全国的に紙漉きの道具職人が減り続ける中、そもそも職人がいない唐津で、紙漉きの道具や機械を揃えることは難しく、唐津へ戻ってから開業までに2年の月日を要しました。

〔※3〕楮(こうぞ)
クワ科の落葉低木。強靭な繊維を持ち、和紙の原料として知られている。

紙づくりに必要な専用機材。紙漉きの本場である高知から取り寄せた道具もある。

唐津唯一の紙漉職人として、唐津を代表するお祭り「唐津くんち」の曳山の修復作業にも携わられたそうですね。

  唐津くんち〔※4〕の14台の曳山(ひきやま)は、粘土でとった型に和紙を重ね、漆と麻布で固める「乾漆(かんしつ)」〔※5〕という技法で造られていて、最も古い赤獅子は1819年に建造されました。現在では、2年に1台ずつ修復作業が行われ続けています。私は、13番曳山「鯱(しゃち)」の修復に携わりました。
 鯱は前回から31年ぶり、4回目の修復で、表面の漆の劣化した部分を取り、下地の和紙を整え、新たに漆を塗る作業が必要とのことで、唐津で紙漉をしている私に声を掛けていただきました。
 これまで何度か美術・骨董品の再現のための修復のお仕事依頼をいただいたことはありましたが、「生活の一部になる紙を作りたい」という私の方針と違うためお断りしていました。ですが曳山の依頼は、曳山建造当初の和紙を再現するのではなく、今の時代に合わせた強固で良質な紙を用い、曳山を修復したいとの依頼だったのでお引き受けしました。
 私自身も、高校進学で唐津を出るまで、京町の珠取り獅子を曳(ひ)いていて、今では私の子供たちが同じく曳山を曳いています。そんな思い入れのある唐津くんち、曳山修復の依頼なので、お話をいただいたときは素直に嬉しかったです。

〔※4〕唐津くんち
2015年にユネスコ無形文化遺産に登録された、唐津神社の伝統的な秋季例大祭。各々14の町が持つ巨大な曳山が笛・太鼓・鐘の囃子に合わせ、「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の特徴的な掛け声と共に、旧城下町を駆け抜ける。

〔※5〕乾漆(かんしつ)
奈良時代に唐から伝来した漆工技術。麻布や和紙を漆で張り重ねて素地を作り、上塗りをして仕上げる。

和紙の建造物としては日本最大の大きさを誇る唐津くんちの曳山

実際に携わってみられていかがでしたか?
 
 修復作業で劣化部分を取り除くとき、何百枚にも重なっている和紙を剥がします。剥がされた和紙は修復が行われた各年代の紙なので、質や種類も様々で、当時の帳簿の裏紙なんかも出てきました。町内で「家にある紙を持ってきてください!」と修復を進めていたのでしょうね(笑)。
 まるで紙とまちの歴史を見ているようで、紙漉職人として面白かったです。なにより、普段は赤い鯱が下地漆を塗られたことで美しい黒になった姿が格好良く、思わず見惚れてしまいました。とても貴重な経験だったと思います。

修復途中の鯱。普段は赤色の鱗が、下地漆を塗ったことで黒になっている。

様々な作り手とタッグを組み、紙作品を支える前田さん。どのようなところにやりがいが?

 私はあくまで紙漉職人であって、デザイナーではありません。表現のための手段である素材を作ることが仕事です。なので、デザイナーや建築家、ときに料理研究家の方など様々な人から「こういうものを作りたい」という依頼を受けて、アイデア実現のために最適な紙素材を作ります。
 ときには、「これはどうにも使いようがない」と思った紙も、誰かの手によって素敵な作品へと生まれ変わることもあります。その度に「こんな方法があったのか」と自分の引き出しが増えていくようで、面白いです。
 紙という素材を通して、垣根を超えて沢山の方と仕事ができ、アイデア実現のために一緒に試行錯誤できることが、この仕事の魅力です。

今後の「紙」づくりの目指す姿は?

 生活の一部になる紙を作りたいと思っています。空間の主役になるような紙を作ったこともありましたが、紙が目立ちすぎることに居心地の悪さを感じるようになりました。
 インパクトのあるデザインの紙は、日常の中にあると飽きてしまいます。例えば、薄い色で少し透けているような質感で、さりげなく空間に溶け込む…。そんな生活の一部になれる紙が良いなと感じるようになりました。
 また、紙業界に視点を置くと、紙の需要の減少に伴い、原料農家や道具職人など、紙の生産に携わる人が少なくなっています。だからこそ、紙づくりの本質は残しつつ、生活に取り入れてもらえるような紙が必要だと感じています。
 そして「これは素敵だな、良いな」と素直に思ったから、紙でできた作品や商品を生活に取り入れる。そんな紙の作り手と買い手のお客様との関係性ができればと願っています。

ちょこっとこぼれ話

 和紙のトレーやコースター、窓際で静かに風に揺れるモビール「かざかみ」など、前田さんの感性が詰まった七山の工房。多くの作り手が前田さんに信頼を寄せるのも頷ける、素敵な空間です。前田さんに日本初の図録付き紙漉きの教科書『紙漉大概』復刻版を見せて頂くと、唐津の地名がそこかしこに。実はこの本は、1784年に唐津で執筆されたのだそう。紙と共に歩んできた唐津の歴史を垣間見ることができました。


前田崇治 -Takaharu Maeda-

1978年唐津市生まれ。大学卒業後、土佐和紙に魅せられ、高知県で手漉きによる紙づくりを学ぶ。2007年、唐津市七山にて独立し『紙漉思考室』を設立。唐津くんちの13番曳山「鯱」の修復に携わった。紙はあくまで表現の素材であるという考えのもと、様々なデザイナー/企業とコラボし、インテリアからプロダクトまで多様な紙作品を世に送り出している。

紙漉思考室 -Kamisukishikoushitsu-

住所
〒847-1104 佐賀県唐津市七山木浦1386
TEL
0955-58-2215
MAIL
info@shikoushitsu.jp
WEB
http://shikoushitsu.jp
Instagram
@shikoushitsu
駐車場
有 (乗用車2台)

※お店としての営業は行っておりません。
※紙のご依頼やご相談につきましては、メール又はお電話にてお問い合わせください。


ふるさと納税で唐津を楽しむ

唐津に遊びに行きたい!唐津の食を満喫したい!そんな皆さんの思いが「ふるさと納税」で実現できます。KARAEの1階の唐津で22年ぶりに復活した映画館THEATER ENYA(シアター・エンヤ)を運営する一般社団法人Karatsu Film Prifect活動を支援する「佐賀県NPOふるさと支援」では、HOTEL KARAEに宿泊したり、唐津のミシュランをとった飲食店で食事を楽しんだり、唐津焼を購入したりできます。これから宿泊できる宿やご予約できる飲食店がますます増えるとのこと。楽しみですね。

買う/KARAE SHOP

唐津、佐賀、九州の魅力の詰まった KARAE1階のKARAE SHOP。トレーや和紙オブジェ、レターセットなど、『紙漉思考室』前田崇治さんの紙プロダクトをお買い求め頂けます。そのほか、唐津や佐賀由来のお菓子や小物、アクセサリー、唐津焼などを取りそろえた、”私のお気に入り”がきっとみつかる唐津の小さなアンテナショップです。いつでもどこでもお買い物できる オンラインショップも要チェック。

泊まる/HOTEL KARAE

KARAE3階のHOTEL KARAEは、唐津の自然美・白砂青松の風景に着想をカラーコンセプトに、ミニマルで落ち着いた空間となっています。各お部屋には、今回ご紹介した『紙漉思考室』前田崇治さんの和紙のオブジェが飾られており、ラウンジや廊下には、いろんなアーティストが参加したインテリアが楽しめます。唐津の玄関口に位置し、駅・バスセンターへのアクセスも良好。唐津ならではの体験プランもご用意。唐津旅のポートとなるようなホテルです。